自意識過剰を

昨日に引き続きマーシー巨匠との会話で


若い時はどうしても、自分で勝手に自分を縛りつけがちで


「そりゃアナタ若い人はどうしても自意識過剰なんですよ」と


そーなんです 思い返せば「なんて無駄な遠回りを」と


どうもおっさんもその気が多かったのと


なんだか、それをしないといけないのじゃないか?と考えていた時期が


長かったようで


その自意識過剰な「自分縛り」を「修行」的に捉えていたとこがありました


自分で失敗して、自分で発見して、自分で、自分で、自分で、てな具合に


結局自分だけでは発見できない、成し遂げられない、もう自分だけで成長することなんて


どうでもよくなって



人に聞きゃあ、早いし、簡単 そして知らなかったことばかり



・・・もう少し早くしてたらなあ、、、と少しガッカリなんだけど


この年だから、この年でもその視点に立てるだけでも めっけもん だったんです


「自分ルール」っていえば格好がつくようだけど、臆病だっただけかもしれないし


自己愛だけの狭い価値観にしがみついていたような そんな気も



どんな方法や人のやり方を取り入れても自分は変わりようが無いんだから



自意識過剰はもうそろそろ どんどん手放して



と、書いてても、全く悪いだけのものでもないかと


ちょっと前にも書いたけれど、自意識の欠片も無い なにやっても「食い散らかし」な


オトナが蔓延している気がして 


そのオトナは、さぞ自分を省みなくても他人から許されてきたんだろうか?と


好きな方には申し訳ないが、一時「鈍感力」とかいう本について悪態を書いたことがあるけれど


本のタイトルだけで読む気がしないのに少し卑怯な物言いかもしれないけれど



日本人のどういう人を対象にして「鈍感力」なぞ書いたか想像つくけれど


過剰な自意識は時に成長を遮るかもしれないけれど、若い時はそれぐらいでいいんです


風呂敷広げてたためないような、食い散らかすオトナになるより


せめて自分の後始末ぐらいできるようになってから 自意識の「過剰」を


とってほしいな、と 中年なので少し偉そうに言ってみた ぞと